運のない人間はいない
「自分には運がない」
そう決めつけてしまう人は意外と少なくないだろう。
まぁ、こんな時代だ。
自分の身の回りの物事がうまく回らなさ過ぎて、
そういった原理的な面のせいにしてしまいたくなる気持ちはわからないでもない。
しかし、これは半分当たりで、半分は間違っている。
なぜなら運とは、あるなしという受動性のみで論じることができる問題ではなく、
己で引き込めるかどうかという能動的な要素を含む問題でもあるだからだ。
そこには天頼みだの、祈りだの、そういったスピリチュアル的なものだけではなく、
極めて技巧的な手段が絡む世界の話でもある。
もちろん、“天から降ってくるような幸運”の存在を否定するつもりはない。
しかし、この手の運は長続きもしない上に、
いざ、離れるとなった時に引き止めておく術がない状況に陥る場合がほとんど。
理由は言うまでもなく、己の腕力で引き込んだものではないからだ。
引き込む技術を知らない以上、引き止めておく手段も知らない。
宝くじで高額当選した場合なんかを想像してみてほしい。
あれも連番やバラ、購入する窓口等、いくらかの技巧的手段はあるのだろうが、
購入後は当選するかしないかを待ち続けるのみ。
その後のプロセスに自らどうにかできるようなポイントというものはほとんどないだろう。
すなわち、降ってくるか、こないか。
そういった受動的なスタイルで決まる世界の勝負なのだ。
そういった理由からかどうかは知らないが、
やはり宝くじの高額当選者はその後、不幸に陥ってしまうケースも少なくないと聞く。
「当選したことを人に喋ってしまった」
「浪費して使い切ってしまった」
「利殖に手を出して、失敗した」
細かい理由を挙げていってはキリがないから割愛するが、なんのことはない。
これらも全て一言で片付く。
単純に、扱い方を知らない幸運をいきなり引き込んでしまったからだ。
そういった意味合いでは、僕はその人にとっての本当の幸運とは、
自らの実力で能動的に引き入れたもの以外はありえないものだと考えている。
あなたは運がないわけではない。
運を引き込む努力が“足りていない”、若しくは努力を“していない”のだ。
2024.02.06 wrote