自分のフォームの探し方
運を引き込むには、まず、ベースとなる土台が必要になる。
土台、すなわち、己の立ち方(フォーム)だ。
フォームの確立は、自分の存在を社会に浸透させる為にも非常に重要となる。
これは別に難しい理屈の話じゃない。
要は、己がより自然体でいられるスタイルを保つということだ。
定義の項目で己の保持性について少々触れた事例があったが、
あの事例はつまるところ、この己のフォームを曲げないための技法の話でもある。
広義的に言えば、要は「向き、不向き」の話であるとも言える。
例えばだが、一般的には友人が多く、
人の群れの中で生きていくのが良い生き方だと言われているだろう。
最近じゃあ、face bookやInstagramなんかで仲間と情報発信をするのが流行りみたいだけれど、
こういった表を向いた生き方が合わない者だって当然、いる。
動機に関しては少々論点の外れた話になるからここで細かくは論じないが、
正直、無理をしてやっているんじゃないか、と思われるようなケースも少なくない。
人には群れの中にいることで己が立つ人間もいるが、そうでない人間もいるのだ。
そういった「特性」を持っているにもかかわらず、
無理をして世間一般で認められるような生き方をしようとしたら、かえって己のフォームが崩れてしまう。
それが、己の基本運を著しくグラつかせる要因となる場合もある。
向いていない場所ややり方では、どうしたって評価をされ辛いだろう。
そういう、単純な話だよ。
運を引き入れるための技巧的な手段は確かに存在するが、それをやるにしても、
まずはこの基本となるものが立っていないと、いくら技術を投じたところで意味を成さない。
着火剤だけを投じても、それだけでは燃え上がらないのだ。
己の「素」を知る。
フォームを探す第一歩は、そこから始まる。
そのためには、やはり自分自身と強制的に向き合わなければならないような、
強烈な体験が必要になるだろう。
頭を使って、理屈なんかで理解をするようなことじゃない。
己のフォームなんてものは、
地獄の門を一度と言わず、二度、三度と潜って、やっと身につくものなのだ。
一度目は、鱗辺を感じる程度。
二度目で、己の中と外面にある種の法則めいたものがあることを予感する。
そして三度目、ついにその予感が確信に変わる。
少なくとも、僕はそうだった。
逆に言うと、そういった経験がない者はいくら歳を取ったとしても、
己のフォームを確立させることは難しいだろう。
実際、これまで僕より年長者の方々でも自身のフォームというものが築けておらず、
それが原因でトラブルを引き込んでしまっているであろうと思われる人は少なくなかった。
だから、自分のフォーム、もとい、どういった状態が自分に合っているのか、向いているのか。
それがまだ自分の中ではっきりしていないようであれば、
とにかく損得抜きに行動を起こすことを勧める。
ネットや人の意見は参考程度に留めておいて、
とにかくインスピレーションでやってみようと思ったことには手を出してみるべきだ。
当然、辛い経験をすることだってあるだろう。
場合によっては、絶対に許せないという思いをするようなこともあるかもしれない。
しかし、それで良いのだ。
重要なのは、その際、立場や体裁など気にせず、純粋に自分がどうしたいと感じたのか。
そこにあなたの「素」、すなわちフォームへのヒントが隠されている。
人は普段、立場や体裁があるから、
嫌だと思ったとしても、それをそのまま表に出すことなんてできない。
それゆえ、己のフォームのヒントを得るためには、
やはりギリギリまで何かに追い詰められるような経験をすることが一番の近道だと思う。
え?
お前はどうなんだって?
まぁ、少なくとも、人の群れの中に居てはいけないタイプなのは確かだよ。
だから、そういう状態を保つようにしている。
それ以外は教えない。
別に意地悪しているわけじゃないよ。
これは親兄弟にだって、話さない。
自分の息子とかにだったら・・・
まぁ、教訓として話くらいはしても良いかもしれないな。
それでも、シラフで語れるような内容ではないがね。
そういうものだよ。
仮にあなたが自分のフォームを見つけたとしても、核となる部分は決して人に話すな。
死ねば裸になるのが宿命だが、裸になっても手放さないのが魂。
それはフォームという名の生き様(プライド)そのものだからだ。
次章では、引き込む「技」の取り扱いについて説明していく。
2024.03.04 wrote