ウソや騙しも信念と流儀が伴えば運を引き込む技の内

サマの有効性と注意点

 

 

定義の項目で説明した通り、運は降ってくるのを待つだけではなく、
引き込むための技巧的な手段がちゃんと存在する。

 

その方法とは腕力であり、一例を挙げるとすれば、サマだ。

 

 

サマ。

いわゆる、イカサマと言われるものだ。

 

 

イカサマなんて言うと、いかにも人を騙すような悪い手法のように聞こえるだろうから、
この時点で拒絶反応を起こしてしまう人もいるかもしれない。

 

しかし、これについては事例とサマの手段によりけりだ。

 

 

自分が利益を得る為に人に責任を擦り付けたりするようなサマは、
ここでこれから論じていくサマとは別物。

 

 

サマにだって、流儀はある。

 

流儀を伴った上で扱うサマは、
「技」といった別カテゴリーのものに変化する余地もあるものだ。

 

当たり前の話だが、あくまでもカタギとして勝負をしていくつもりならば、
人をハメて利益をかすめ取るような目的でサマを使うようになってはいけない。

 

 

技として成立させるサマとは、あくまでも己の信念を貫き通す、
場合によっては他人を導くためのもの。

 

人を騙し、即物的な利益を手っ取り早く得たりするための方法論じゃない。

 

 

 

甘い?

 

そうだね。

 

 

でも、カタギとしてやっていくのであれば、それでいいんだよ。

 

 

知ったかぶりした「真実」とやらよりも、
負荷を承知した上で掲げる戯言の方が人の生き様としてリアルだ。

 

 

ケレン味もあってこその人生。

僕がそれで良いと言っているのだから、それで良いわけ。

 

 

「嘘は絶対に許さない」という人にとってはなんとも咀嚼しにくい話かもしれないが、
まぁ、プンスカ怒ったりせずに、ひとまず話を聞いてもらいたい。

 

 

一つ例を挙げるとすれば、意図して必要以上に自分を小さく見せたりする様は、
相手の心の隙を発現させるためのサマでもある。

 

人は自分が見下した相手に対しては、この上なく油断するからね。

多少、横柄、乱暴な対応をしたり、何かを強引に奪い取ったり、壊したりしたとしても、
大した問題になんかならないだろうと思ったりする。

 

 

ターゲットが自分の立場や肩書きに自信を持っている場合なんか、特に、だ。

 

「コイツは自分よりも下なのだ」と思っている者ほど、かえってカタにハメ易い。

 

 

就職面接なんか、良い例だね。

 

 

それをさせた上でどうするかについては最後まで説明はしないが、
まぁ、当たり前の話だがそのネタを使って直接、相手を脅かしたりするわけじゃない。

 

これは相手の風上に立つための方法論なんだよ。

そういう、ヒラでは勝ち目のない関係に対しては、
サマという技術は運を引き込むためのれっきとした手段の一つでもある。

 

 

僕の場合、自分の見た目や雰囲気、立場もあいまって、
こういったサマは非常に有効な結果をもたらしてくれるケースが多い。

 

舐められるってのは、開き直れば凶器にだってなるからね。

 

 

ただし、こういった技巧的な話を聞いただけで、
いきなり自分でも実行してみようなどと思ってはいけない。

 

これはあくまでも、タイプが合っているからこそ技として成立するサマなのだ。

 

理解できるとは思うが、例えば見た目の時点で舐められないようなタイプの人では、
こういった技を用いたとしても相手が隙を見せてくれることは少ないだろう。

 

 

かえって、気味悪がられる。

その違いも、フォームというものの内なんだよ。

 

 

そして、仮にあなたが同タイプであったとしても同じこと。

 

サマは技術上の話であることには違いないが、
サマを「技」として成立させるためには腕力というものが必要不可欠なのだ。

 

 

例えば、あなたが何か他人のスキャンダラスなネタを握ったとしよう。

 

しかし、それをもって相手を風下にまわすことができるかどうか、
これについてはまったく別の問題。

 

 

ネタを握られた人間がどういった状態に置かれるのか、
そして、ネタを握った自分に対してどういった行動に出てくるのか。

 

それを承知した上で、強引にねじ伏せられるだけの豪腕がなければ意味がない。

 

 

 

弱みを握られているのだから、なにも言ってこないだろうって?

 

そんなの、事例によりけりだろう。

 

 

確かに、人は痛みに関しては敏感で脆い。

しかし、それに対する損得のみでは行動を図りきれないのも人間なのだ。

 

 

その辺の間合いが把握できていないうちは、
こういった良くも悪くも他人を失脚させる可能性のある危険ネタには触れない方が良い。

 

これは「優位に立てるから」などという“軽い動機”で扱える類のシロモノじゃない。

 

 

 

サマに関しては最後にもう一つ。

 

いくら便利だからといって、常にサマありきで勝負するような人間になってはいけない。

そういうのを無粋、もとい、無能というのだ。

 

ネタはバレていなくとも、サマを使っているのがあからさまに分かるような人間など、
どんなに目立ってみせたところで誰も認めないし、近寄らない。

 

最初の内は良い思いができるかもしれないが、そのうち運から見放される。

 

 

例えば、最近では商品やサービスを売るために、
ウェブサイト上でのレビューを参考にさせるのが流行らしい。

 

しかし、それを逆手にとってステマやネガキャン目的でレビューを捏造、操作したり、
人に報酬を支払って書かせたりするようなことをしている者もいると聞く。

 

 

サマというものは、良くも悪くも人を欺く手段であることには違いない。

 

しかし、このような公共の場所でサマをカマしたりする行為を、
僕は運を引き込むための手段とは断じて認めない。

 

 

ニュアンスが伝わりにくいかもしれないが、個人的には露出狂と変わらないと思う。

 

サマなんてものは、決して公の場でするようなことじゃないんだ。

 

 

 

いずれ、年貢の納め時が来るだろう。

 

そして、その時期はそう遠くない未来であろうとも考えている。

 

 

 

なぜかって?

 

勘だよ、勘。

 

 

ただ、そんな抽象的な理屈を省いたとしても、
サービスを提供する立場の者や世間がステマやネガキャンを問題視しているのだ。

今後、法整備や技術躍進もそういった方向で進んでいくだろうと考えるのは、
理屈にかなっていると思う。

 

それにモノがデジタルデータである関係上、その履歴は一生、残ると思っていた方が良い

 

 

 

保存義務期間が過ぎれば削除されるだろうって?

 

 

なに言ってんのさ。

 

ありゃあ、その期間以降は事業者に照会応答義務を課さないという方便だよ

 

 

表向きは「保存期間が過ぎたからもうありません」と言っていたとしても、
削除義務が課されでもしていない限り、顧客情報をみだりに削除したりなんかするもんか。

 

 

仮に表面上は見えなくなったとしても、記録はずっと残るよ。

 

 

法律に限った話じゃないが、情報はただ言葉として読むだけではいけない。

 

どうしてそういった決まりがあるのか、それがどういう環境下で運用されているのか、
そういう現場背景について深く考察して対応を検討することも重要なのだ。

 

情報の扱い方を定めているのは法律や理屈だが、
実際にそれを扱っているのは人間という不確定要素のカタマリなのだから。

 

 

そんな過去に遡って他人に弱みを握らせるようなポイントでサマを使う者は、
もれなくバカだと言っておく。

 

 

 

運があるかどうかなんて話じゃない。

 

 

単純に、センスがないのだ。

 

2024.05.11 wrote

吉田 重信

 

 前ページ 「自分のフォームの探し方」

次ページ 「周囲をねじ伏せる豪腕力」 

 

error: Content is protected !!